チェロ組曲が一夜で全曲演奏された。(令和3年6月3日)
清冽な音の流れは岩に激突しても何の障壁もない。名曲の馥郁たる芳香は極めて鮮明、流麗に風景を転じて速度を増す1,2,3番と4,5番の後に二度の紺碧の淵に似た静寂な休憩があった。
難曲の6番、私は”褌を締め直す”との感慨を得て座席に正座した心境であった。奏者は真剣勝負、一期一会の感深し、左に傾けた顔面を心持ち正面に向けた。私は那智の滝壺から正面上方に仰ぎ見る心地がした。
1番より6番へ峻烈な若き英俊が一夜で全曲披瀝、楽想は横溢し、指板の左手は魔法の如し。聴衆は微動だにしない。牧生氏の本懐は見事に成就されたのではなかろうか。
チェロの巨匠数多あれど、日の本の心で奏した名曲中の名曲に言葉では表しえない感銘を受けた。
終曲のジーグが終った刹那、疎らな座席の(新型コロナで)最後方で拝聴していた私は
”ブラボー”と感嘆・称讃・感動・感謝の凝結した一聲を咆哮したのであった。
音に聴く外国楽に数あれど
日の本の魂奏でしバッハ
一夕で得がたき光拝みおり
喜寿なる我や新緑の風